真由美・・・
なあ、真由美・・・
「ISTEXT」って知ってるかい?
言葉を探すために生まれた関数なんだよ。
真由美・・・
俺・・・
ガシャン!
何かが割れた音に驚いた私は目が覚めた。
寝ぼけ眼に映ったのは、割れたグラスの破片だった。
あ・・・
もしかして私・・・
またソファーで眠っちゃったのかしら・・・
そう呟いた私は、割れたグラスの破片を集めようとして、何かに躓いた。
痛っ・・・!
躓いたのは荷物の段ボールだった。
そう言えば、昨晩、ナオと一緒に婚活パーティーに行って、帰宅してからの記憶がない。
また一人でワイン開けちゃったのかな・・・。
この部屋に引っ越ししてきて暫く経つのに、まだ半分も開けずに残ってる荷物の段ボール。
躓いた段ボールからは、青い板みたいなものが見えていた。
それは、旧式のノートPCだった。
そのノートPCは、真由美が大学時代に使っていたものだった。
このパソコン、懐かしい・・・。
真由美は何気なく、そのノートPCの電源をコンセントに繋ぎ、起動させてみた。
良かった・・・。
まだ動く。
そのノートPCのデスクトップには、
真由美が大学時代に作成した資料や、写真、お気に入りの壁紙などが散らばっていた。
片付け下手なのは、昔も今も変わらない・・・か。
彼女の目は、デスクトップに置かれた、ある一枚の写真に移っていた。
あ、これ・・・懐かしい。
「2003月8月11日雄介と.jpg」
私の大学時代の恋人、相馬雄介。
彼と出会った最初の記憶は、大学の図書館だった。
私は、ゼミのレポートを書き上げるため、大学の図書館で時間を過ごすことが多くなっていた。
私の席は1階奥の大きな窓の隣。
日当たりが一番良かった場所。
暗い図書館は嫌いだったから、
いつも明るい席を選ぶようにしてた。
温かい日差しを浴びながら勉強すると、
気持ち良くなってウトウトすることも多かったけど。
その日はバイトの徹夜明けの日だった。
いつものようにウトウトとしていた私は、いつのまにか眠ってしまい、
図書館には閉館を告げるクラシックが流れていた。
「あの・・・、そろそろ閉館ですよ」
その声で目覚めた私は、慌てて周りを見渡した。
「えっ、す、すいません、今日は何日ですか?」
「今日ですか?今日は6月17日です」
「いけない!このレポートの提出日、明日なんだった・・・。絶対間に合わない・・・」
私は困ってしまった。
自業自得とはいえ、レポートはまだ7割しか完成していない。
あと3割を今日中に完成させるには、私の拙いタイピングでは無理だった。
落胆している私に、その人は声を掛けてくれた。
「レポートの内容は決まっているんですか?」
「え・・・?は、はい・・・。7割ほどは出来てて・・・。
ただ、私のタイピングじゃ間に合わなくて・・・」
「じゃあ、僕手伝いますよ。あなたに喋ってもらった内容を僕がタイピングします」
「・・・え?・・・あ、あの・・・」
「あ、僕、語学の講義で一緒の相馬です。
といっても、関口さんと話したこと無かったから、
僕のことを覚えてないかもしれないけど」
・・・あ、そうだった。
この人、どこかで会ったことがあると思ったら・・・。
同じ講義を受けてる人だったんだ・・・。
「僕はもうレポートを提出しているので、時間は大丈夫です」
「で、でも・・・図書館閉まっちゃうし・・・」
「カフェテラスの横に24時間空いている場所があるので、そこでレポートの続きをしましょう。
今日はちょうどノートPC持ってるので」
そう言って、彼は屈託のない笑顔を浮かべた。
この人、なんでこんなに親切なんだろ・・・。
私は不思議に思いつつも、彼と共にカフェテラスに移動し、レポートの続きを書くことにした。
「この前はありがとう!相馬君」
レポートの提出日から2週間が過ぎていた。
私は無事にレポートを提出することができたのだ。
「良かったね、関口さん」
「相馬君のおかげだよ」
本当に相馬君のおかげだった。
彼はあの後、私のレポートを朝まで手伝ってくれた。
相馬君に手伝ってもらわなかったら、レポートの完成は絶対無理だった。
その一件があってから、私と相馬君の仲は深まっていった。
相馬君の名前は、相馬雄介と言った。
彼は学内では目立つタイプではなかったけど、いつも熱心に講義を受けていた。
物理学を専攻してるらしく、いつも難しい本を読んでいて、研究肌っぽかった相馬君。
毎日何かの実験結果をExcelのシートに記録していた。
「相馬君、何の研究してるの?」
「相対性理論による感覚的時間と実時間の差異の研究」
「・・・なにそれ?」
「アインシュタインの相対性理論って知ってる?
同じ時間でも、人によって感じる時間が違うっていう理論。
例えば、同じ1時間でも、どういう状況で過ごすかによって、
体内の感覚時計の感じ方は変わると思うんだ。
その感覚時計と実時計との差異を測定し、その平均値がどう動いていくかを測定してる」
「ふーん・・・。なんだか良く分からないけど。時間の研究ってこと?」
「例えば、僕は関口さんとこうして話している時がすごく楽しくて、
時間があっという間に過ぎるように感じてて・・・」
相馬君はそう呟くと、慌てて口を抑えた。
「あ、い、いや、そ、その・・・」
相馬君がしどろもどろになっている姿がなんだか愛しくて、私はイタズラにこう言った。
「相馬君・・・キスしよっか」
木漏れ日の柔らかな研究室の中で、私たちはキスをした。
「真由美!ごめん!研究が長引いちゃって・・・」
「雄介!、映画、もう始まっちゃうよ!」
「本当にごめん!!」
「もう良いから、ほら、始まっちゃう!早く中に入ろ!」
研究室での出来事から、1ヶ月。
相馬君、雄介と私は恋人同士になっていた。
雄介は相変わらずの研究オタクで、
毎日Excelシートに何かの数値を記録し続けていた。
時間の研究だからか、
いつもストップウォッチを持ち歩いていて、
デートの時でも、時間を計ったりしていた。
「もー、デートの時くらい、やめてよね」
「ゴメンゴメン、でも、もうすぐ研究が終わるんだ」
こういうやりとりが日常茶飯事になっていた。
研究者の男ってみんなこうなのかしら・・・。
「真由美、好きな関数ってあるかい?」
「なにそれー。そんなの無いわよ」
「俺はISTEXT関数が好きだなあ。Excelに出てくるんだけど、言葉かどうかを調べる関数なんだ」
「ISTEXT・・・?」
「無機質に羅列された数字の中から、有機的な言葉を探し出すのって、
なんかロマンがあると思わないかい?」
「じゃあ、数字ばかり見ずに私の方をもっと向いてよ。『言葉』が大事なんでしょ?」
「あっ、ごめんごめん、もう少しで研究も終わるからさ」
「ずっと数字とデートしてれば~?」
「ちょっと、真由美ー、待ってくれよー」
そうやって雄介をからかうのが楽しかった。
難しい話をする時の雄介の顔は男らしくて、私はその顔が好きだった。
でも、私はいつも、どこか寂しい気持ちを感じずにはいられなかった。
ある日、私はイタズラをしてみた。
雄介が研究で使っていたExcelシートのあるセルに、
「バカ」という文字列を入力したのだ。
数値だらけのシートの中に書いたメッセージ。
幾ら研究熱心な雄介でも、
AVERAGEの値がおかしくなっていれば気付くでしょ。
そう思っていたけど、雄介がそのセルに気付くことはなかった。
雄介はただ黙々と、数字を記録し続けていた。
狂ったAVERAGEが切なげに、ただ数字だけを刻んでいた。
それから2ヶ月。
私はいつしか雄介を避けるようになっていた。
友人とコンパへ行くことも多くなった。
雄介と別れたわけじゃなかったけど、彼と一緒にいるのが辛くなっていた。
雄介の話はいつも研究のことばっかり。
私の声なんて届かない。
Excelシートに書いた「バカ」の二文字に気付いてないくらいだもの・・・。
そして、いつしか私は、雄介に電話すらしなくなった。
ある日、私のパソコンに珍しく雄介からメールが届いていた。
・・・また研究?
もううんざり。
私はそのメールをゴミ箱に捨てると、雄介の携帯番号を削除した。
さよなら、雄介。
そうして、私の大学時代の恋は終わった。
色々あったな・・・。
懐かしのノートPCを触っているうちに、想い出がたくさん浮かんできた。
もし、私がもう少し素直だったら、雄介とも続いていたのかな。
そんなことを考えながら、古いファイルを整理していた。
そうだ、メールも整理しなくちゃ。
そう思い、Outlookを何気無く起動してみた真由美は、あることに気が付いた。
Outlookのゴミ箱に、1件、 削除し忘れたメールが入っていた。
ゴミ箱に入れたメールを消し忘れるなんて、昔もぼんやりしてたのね。
真由美はゴミ箱を空にする前に、そのメールの中身を見てみることにした。
・・・え?、これって・・・
それは雄介から最後に送られてきたメールだった。
真由美が中身を見ずに捨てたメール。
雄介に別れを切り出す前日に届いたメール。
・・・私、これちゃんと読まずに捨てちゃったんだっけ・・・
昔を懐かしむかのように、真由美はそのメールを開いてみることにした。。
雄介の文章だ・・・。
なんだか懐かしい・・・。
雄介のことは好きだったけど、
あの時は寂しかったな・・・。
添付のシートがあるのね。
真由美は添付されていたExcelのシートを開いてみることにした。
・・・あ・・・
このシート・・・。
真由美に懐かしいものがこみ上げてきた。
それは真由美が「バカ」と書き込んだExcelシートだった。
そうそう、このシート、難しい数値ばかり並んでいたのよね。
懐かしい。
真由美はマウスを使い、セルをスクロールさせてみた。
すごい量の数字。
そっか・・・。雄介・・・頑張ってたんだね・・・。
真由美は雄介に対して、申し訳ない気持ちを感じ始めていた。
別れを一方的に切り出したのは真由美の方だったからだ。
雄介を嫌いになったわけじゃなかった。
ただ寂しかった。
私が寂しさを少しだけ我慢すれば、
もしかすると私と雄介はうまくいっていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、真由美はセルを眺めていた。
この辺りだったかな・・・。
私が「バカ」って書いたの・・・。
そう呟いた彼女の手が、
あるセルで止まった。
「え・・・
これって・・・」
シートを見つめる真由美。
その瞳から、涙が静かに落ちた。
真由美の瞳には、ある言葉が映っていた。
バカと書いたセルの横に添えられたメッセージ。
それは雄介が真由美へ送ったプロポーズの言葉だった。
雄介・・・。
もし、あの日・・・。
私がこのシートを開いていたら・・・。
ISTEXT・・・。
せっかく教えてもらったのにね。
私、本当にバカだ・・・。
涙で滲むExcelの罫線が、まるでモノクロームのフィルムのように、
真由美の瞳にいつまでも映っていた。
雄介は研究のために、「感覚時間」「実時間」「差異」「差異指数」というデータを7ヵ月間に渡って数値で記録し、「AVERAGE」関数を用いて、期間の平均値を求めていました。
雄介が真由美のイタズラに気付いてたのが、一体いつなのかは私たちには分かりません。
ただ一つ言えることは、もし二人が「ISTEXT」や「ISNUMBER」などの関数を使ってデータをチェックしていたら、運命は変わっていたかもしれない、ということです。
今回は二人のような運命にならないためにも、「ISTEXT」関数を使い、入力されたデータをチェックする方法をご紹介したいと思います。
AVERAGE関数は、指定した範囲や数値の平均値を求める関数です。
SUM関数と同じくらいよく使う関数で、Excelのホームタブ右側にあるのから指定することができます。
今回、計算の対象は「数値」ですので、「文字列」や「空白」のセルは計算の対象になりません。それを前提として解説させていただきます。
※セル範囲やセル、数値を組み合わせて指定することも可能です。
例えば、セル範囲A1:A20とセルA21と数値の50の平均を求める式は下記のようになります。
=AVERAGE(A1:A20,A21,50)
ISTEXT(イズテキスト)
ISTEXT関数は、指定したセルに入力されている対象(データ)が文字列であればTRUEを、そうでなければFALSEを表します。
ISNUMBER(イズナンバー)
ISNUMBER関数は、指定したセルに入力されている対象(データ)が数値であればTRUEを、そうでなければFALSEを表します。
ISBLANK(イズブランク)
ISBLANK関数は、指定したセルに入力されている対象(データ)が空白であればTRUEを、そうでなければ
FALSEを表します。
- 入力されたデータの横に、下図のようにチェック欄を用意します。
- ISNUMBER関数を用いた数式を入力します。
- チェック欄全体に、式をフィルコピーします。
検査対象のセルの中で、「文字列(数値以外)」が入力されているセルには、「FALSE」と表示されます。
ISNUMBER関数やISTEXT関数だけですと、「TRUE」や「FALSE」の結果を返すだけなので、チェック結果を見落としてしまうことがあります。
よって、実際には、「IF関数」や「条件付き書式」を組み合わせて使用することをオススメします。
例えば、IF関数の論理式の部分にISTEXT関数を用いて「数値が入っているべき場所に、テキストデータが入力されている可能性がある場合」だけメッセージを表示させてみましょう。
以下のような式を入力します。
入力した式を先程と同じ手順で、チェック欄全体に式をフィルコピーします。
検査対象のセルのうち、「文字列(数値以外)」が入力されているセルだけに「Check!」というメッセージが表示されます。
文字が赤色、セルの色が薄いピンクで強調されているのは、条件付き書式という機能を使っています。
(※IF関数と条件付き書式の組み合わせについては、「東京エクセル物語第1話」をご参照下さい)