第1話 IF ~ もしもあなたが

「お客さん、どこまで?」

「赤羽橋の交差点まで。急いでもらえる?」

「お客さん、綺麗だね。パーティーでもあるのかい?」

「そう、大切なパーティー」

ネオンの光が夜を華やかに照らす。

今日も混み合う道路を、私はタクシーに乗って軽やかに飛び越えていく。

白い携帯のバックライトが、さっきから青く点灯してる。

分かってるよ、ナオ。
もう20分も遅刻してるものね。
ごめん、もうすぐ着くから、待ってて。

心の中でナオに謝った。

「お客さん、着きましたよ。ここで宜しいんですか?」

「ありがとう。これ、お釣り要らないから」

そういって私はタクシーを飛び降りた。

時計は午後8時半を指していた。



東京タワーの光に照らされ、ほんのりオレンジ色に輝くアスファルトの道を歩き、レトロで洒落たビルのドアを開けた。

「真由美!?もー!遅いじゃない!」

そう言って出迎えてくれたのは、親友のナオだ。
私が来るまで、入り口で待っていてくれたらしい。

「・・・今日は割とイケメン揃いだよ(ボソッ)」

私の耳元で、そう小さな声で囁いたナオは、右手を軽く握り、小さくガッツポーズした。
私も小さくガッツポーズした。

その会場はブルーの照明に包まれ、
異国のような雰囲気を醸し出していた。
低いベース音。今日のBGMはヒップホップのようだ。

「あの・・・、すいません。こちらの席、空いてますか?」

後ろからふいに声を掛けられた。

「はい、空いてます」

私は落ち着いた口調で、そう答えた。

「良かったー!空いてないですって言われたらどうしようかと思っちゃいました。ははは」

声を掛けてきたのは、背の大きな男性だった。

口に手を押さえて笑っているところがオカマっぽくて、私はちょっと苦手なタイプだ。

「あ、これ僕のプロフィールカードです。良かったら受け取って下さい」

その男性はそう言うと、自分のプロフィールが書かれた白いカードを渡してきた。

IT会社勤務
佐々木小太郎

年収1,000万
2002年 KY大学卒

・・・なるほど、今日もKY大学絡みのパーティなのね。

私はハンドバッグの中から、黒い名刺を取り出し、その男性に手渡した。

「これ、私のプロフィールカードです。また後でお話しさせて下さいね」

そう言うと、私は急ぎの用事がある振りをして、その男性から離れた。

・・・この男性は苦手ね。
私の経験がそう告げていた。

「それでは、そろそろ会場はお開きとなります。後は皆様、各自で二次会、三次会とお楽しみ下さい」

パーティーの主催者らしき男性のアナウンスが流れると、何人かの女性は会場を出て行った。
お目当ての男性がいなかったのだろう。

私も会場を後にすることにした。

「今日の収穫は3人ね・・・」

私は心の中で独り言を言いながら、タクシーを拾った。

私の部屋の角には段ボールが二つ、未開封のままで置かれていた。

引越の時の荷物がまだそのままになっている。
もう数ヶ月経つのに、最近はバタバタしていて、すっかり段ボールのことを忘れていた。

「あ、忘れないうちに先に入力しとこ」

そう呟いた私は、ノートPCを立ち上げた。

緑色のプログラムアイコンをクリックし、「最近使用したドキュメント」の中から、「konkatsu_party_mens.xlsx」というファイルを開く。
このファイルには、私がこれまで出会った男性の名前が記録されている。

そのファイルに、今日出会った男達の情報を入力していく。
これが私の日課なのだ。


浦本茂  166cm 31歳 B型 IT会社社長 年収1,500万円 KY大学
松村良介 177cm 37歳 AB型 銀行支店長 年収800万円 TB大学
山本直秀 174cm 28歳 A型 IT会社役員 年収1,200万円 KY大学

なるほど、今日はIT会社の人が多かったのね。

IT会社の社長や役員か・・・。
そういえば、ITバブルってまだ続いているのかしら?

そう思った私は、いつものように、イタズラに「IF」関数を使ってみることにした。

IT会社勤務で、身長は175cm以上、年収1,500万以上の人・・・っと。

今回の関数

真由美は、これまでに出会った男達のデータを、Excelのシートに記録しています。
この中から、自分の好みの人物を探し出すため、IF関数を使うことにしました。

今回、複数の条件を前提に選ぶため、IF関数の論理式として、
AND関数を組み合わせて、条件に合う人物を表示します。

真由美の指定した条件 条件1:身長175cm以上 条件2:年収1500万円以上 条件3:学歴ランク8以上(※学歴ランクは、真由美が独自に作っている)

IF(イフ)= IF(論理式,真の場合,偽の場合)

IF関数は、指定した条件を満たしている場合とそうでない場合に応じて、
セルに異なった内容を表示させることができます。
条件分岐のために使用されることが多く、Excelの関数の中でも、
最も使用頻度の高い関数の1つです。

※「真」の場合や「偽」の場合に、文字列を表示させる場合には「””ダブルクォーテーション」で囲みます。

AND(アンド)=AND(論理式1,論理式2,・・・・・・・,論理式30)

AND関数は、指定した複数の条件(最大30個まで)を満たしているかどうかを
チェックし、すべて満たしている場合「TRUE」を、
一つでも満たしてない場合には「FALSE」を表示します。

【類似する関数】
OR(オア) = OR(論理式1,論理式2,・・・・・・・,論理式30)

OR関数は、指定した複数の条件(最大30個まで)を満たしているかどうかを
チェックし、一つでも満たしている場合「TRUE」を、
一つも満たしてない場合「FALSE」を表示します。

IFとANDを組み合わせる

IF関数とAND関数を組み合わせて、設定した全ての条件を満たしている場合に
★を表示し、満たしていない場合にはセルを空白にしてみましょう。

セルC5に下記のような式を入力して、フィルコピーします。

IFとANDを組み合わせる

入力した式をフィルコピーすることで、下記のように、
身長175センチ以上、年収1500万円以上、
学歴ランク8以上の条件を満たす人物に「★」が付きました。

条件を満たす人物に「★」が付きました

条件付書式でさらに強調

それでは、この「★」の付いたセルに色を付けて、
さらに分かりやすく表示させてみましょう。

条件付書式を選択

特定のセルの文字や範囲に「色」を付けて、
目立たせるようにするには、
「条件付き書式」を設定します。

条件付き書式のルールを指定

設定したいセル(範囲)を選択した状態で、
「条件付き書式」を選択し、条件付き書式のルールを指定します。

条件を満たす人物だけが瞬時に強調表示

「★」の付いたセルに色が付いて、強調表示されました。

このエクセルシートをダウンロード

3人見つかったみたいね。
この人、こんなに若いのに年収3,000万なんてすごい。

ふふん、でもおかしな話よね。
自分好みの条件で検索しても、会った男性の顔を何一つ思い出せないなんて。

独り言をつぶやいた私は、ワイングラスに映った自分の顔を見た。

・・・私ってホント嫌な女よね。
なんでこうなっちゃったんだろ・・・。

雄介・・・。

コウジ・・・。

真由美の目から涙がこぼれ落ちた。

いつの間にか窓の外には雨が降っていた。

雨音が真由美の心をなぐさめるかのように、都会の夜は静かに明けていくのだった。