真由美の乗ったタクシーは、赤羽橋の交差点に向かっていた。
親友のナオと参加する婚活パーティーがあるからだ。
真由美の趣味は、婚活パーティーで出会った男性のデータをエクセルのシートで管理すること。
彼女のシートにはたくさんの男性のデータが記録されていた。
身長、体重、年齢、血液型、そして・・・年収。
この日も彼女は多くの男性と出会った。
いつも通りエクセルのシートに男性のデータを記録する彼女。
イタズラに「IF」関数を使い、自分好みの男性を探す。
しかし、この夜の彼女は違っていた。
気付いたのだ。頬を伝う涙に。
「・・・私ってホント嫌な女よね。
なんでこうなっちゃったんだろ・・・」
自分好みの条件で検索しても、会った男性の顔を何一つ思い出せない真由美。
いつの間にか窓の外には雨が降っていた。
雨音が真由美の心をなぐさめるかのように、都会の夜は静かに明けていくのだった。
IF関数は、指定した条件を満たしている場合とそうでない場合に応じて、セルに異なった内容を表示させることができます。
条件分岐のために使用されることが多く、Excelの関数の中でも、最も使用頻度の高い関数の1つです。
AND関数は、指定した複数の条件(最大30個まで)を満たしているかどうかをチェックし、すべて満たしている場合は「TRUE」を一つでも満たしてない場合には「FALSE」を表示します。
真由美の大学時代の恋人、雄介。
研究熱心で優しかった雄介。
真由美は彼との想い出が詰まったノートPCをそっと開く。
デスクトップに飾られた一枚の写真。
よみがえる想い出。
デートの待ち合わせに使った研究室。
雄介が手伝ってくれた試験のレポート。
二人で観た映画。
そして・・・重ねた唇。
幸せだった日々。
「時間学」の研究をしていた雄介は、毎日、Excelのシートに何かの数値を記録し続けていた。
彼はデートの時も研究のことで頭がいっぱいだった。
「デートの時くらい、やめてよね」
「ゴメンゴメン、でも、もうすぐ研究が終わるんだ」
そんなやりとりが日常茶飯事だった。
ある日、真由美はイタズラをしてみる。
雄介が研究で使っていたExcelシートに、「バカ」という文字列を入力したのだ。
研究熱心な雄介でも、データがおかしくなっていれば私の寂しさに気付いてくれる、
そう思っていた真由美。
しかし、雄介は狂ったデータに気付かなかった。
やがて、真由美は雄介に別れを告げる。
自分より研究が大切な雄介と過ごす時間が、彼女の寂しさを募らせていたのだ。
雄介から送られてきた最後のメールも、
真由美は中身を見ず、ゴミ箱へ捨てた。
「色々あったな・・・。」
過去を懐かしく感じながら、想い出のノートPCに触れていた真由美だったが、
何気なく起動したOutlookのゴミ箱に、1件、削除し忘れたメールが入っていることに気付く。
それは、雄介が送ってきた最後のメールだった。
8年間、一度も開かれなかったメール。
そのメールを開いた真由美の瞳から涙が落ちる。
そのメールに添付されていたのは、真由美がイタズラをした雄介の研究シートだった。
「バカ」と書いたセルの横に添えられた、雄介からのメッセージ。
それは・・・彼からのプロポーズの言葉だった。
「私、本当にバカだ・・・」
涙で滲むExcelの罫線が、まるでモノクロームのフィルムのように、
真由美の瞳にいつまでも映っていた。
AVERAGE関数は、指定した範囲や数値の平均値を求める関数です。
SUM関数と同じくらいよく使う関数で、Excelのホームタブ右側にある「Σ」のメニューから指定することができます。
ISTEXT関数は、指定したセルに入力されている対象(データ)が文字列であればTRUEを、そうでなければFALSEを表します。
ISNUMBER関数は、指定したセルに入力されている対象(データ)が数値であればTRUEを、そうでなければFALSEを表します。
職場はいつものように慌ただしかった。
淡々と仕事をこなす真由美。
その真由美に話しかけてきた親友のナオ。
真由美とナオには共通の趣味があった。
それは「婚活パーティー」に通うことだ。
真由美が婚活パーティーに通うようになったきっかけも、
Excelのシートに男性のデータを記録するようになったのも、
すべてナオがきっかけだった。
そのナオが真由美に新しいシートを見せる。
そのシートに書かれた「運命の王子様度」の文字。
それは、銀座の占い師の相性診断が入った、ナオの新しいシートだった。
ナオのシートへの情熱に感心する真由美。
そんな真由美にナオは念押しする。
「今日は午後8時から新宿ね!」
そう、この日も婚活パーティーが開かれる日だったのだ。
「いけない!また遅刻!」
真由美はこの夜も婚活パーティーに遅れて到着してしまった。
慌てて会場に入った真由美がぶつかった背中。
振り向いたその顔に、真由美はデジャブを感じた。
(・・・雄介?)
「はじめまして、須磨孝弘と申します」
須磨孝弘と名乗った男性。
どこか懐かしい雰囲気。
その男性に、真由美は無意識のうちに雄介のシルエットを重ねていた。
VLOOKUP関数は、キーとなるコードや番号を使って、参照表から検索して、指定した値(参照表内のデータ)を表示させる関数です。
参照表のデータが縦方向(vertical)に入力されている場合に使用します。
MONTH関数は、セルの内容から月の値を取得する関数です。年は「YEAR」、日は「DAY」を使って取得します。
パーティーで出会った「須磨孝弘」という男性。
雄介の面影を持っていたから?
それとも?
真由美は須磨のことが頭から離れなくなっていた。
「・・・あの人にもう一度会いたい・・・」
「真由美、今度の土曜日空いてる?」
それはナオからの誘いだった。
「今度の土曜日・・・菊池さんとのダブルデートに協力してもらえないかな?」
これまで婚活パーティーに一緒に参加してきたナオ。
しかし、この日のナオはいつもと違ってた。
ナオの瞳がいつになく輝いていたからだ。
「男は年収や学歴じゃないってことに気付いたの」
これまで年収や学歴だけで男性を選んできたナオ。
そのナオから飛び出した予想もつかない言葉。
親友の思わぬ心の変化に戸惑いつつも、微笑ましく感じた真由美は、
ナオからのダブルデートの申し出を引き受ける。
「今回はナオのために一肌脱ぐわ」
どんな相手が来るかなんてどうでも良かった。
親友のナオが喜んでくれるなら。
ダブルデートの日は3日後に迫っていた。
AVERAGEIF関数とは、指定した範囲内で条件に合うものを探し、指定した条件に合致する値の平均値を求める関数です。
COUNTIF関数とは、指定した範囲内で条件に合うデータの数を数える関数です。
真由美とナオは遊園地に来ていた。
菊池と仲睦まじそうに話すナオ。
二人を見ている真由美の顔に自然と笑顔が浮かんだ。
「あの二人、本当に楽しそうですね」
真由美に声をかけた男性。
それは須磨孝弘だった。
この日、予想もつかなかった偶然が起きた。
偶然なのか、もしくは、運命のイタズラなのか。
菊池の親友は須磨孝弘だったのだ。
あれほど会いたかった須磨さんが、今、自分の側で一緒に笑ってる・・・
奇跡の出会いに胸をときめかせた真由美だったが、同時に心の中の異変を感じていた。
彼女の中で大きくなっていたのだ。
雄介との想い出が。
その遊園地は、雄介とよく来た遊園地だった。
そして、二人でよく乗ったメリーゴーラウンド。
須磨と乗ったメリーゴーラウンドの中で、
真由美は雄介との日々を思い返していた。
今日、須磨に出会ったのは、
雄介の想い出に
さよならするためだったのかもしれない。
「ROUNDDOWN、雄介との想い出をフラットにして・・・」
真由美の止まっていた時計が静かに動き始めた。
ROUNDDOWN関数とは、指定した桁数で数値の端数を切り捨てる関数です。
消費税計算などの端数処理に使うと便利です。
「あのシーン、泣けたなあ」
「どのシーン?」
真由美と須磨孝弘は映画館から出てきた。
前回の遊園地のダブルデートから、
1ヶ月が過ぎていた。
その後、二人は何度か逢うようになり、
短い期間の間に、友達以上の関係になっていた。
「孝弘さんのこと、もっと知ってみたい」
それが真由美の素直な気持ちだった。
婚活パーティーで偶然出会った須磨孝弘という男性。
須磨は、雄介の面影を持っていた。
真由美は、須磨に惹かれ始めていた。
それはもしかすると、須磨に対してではなく、
雄介の面影に対してだったのかもしれない。
ただ、須磨と過ごす日々が、雄介との想い出を忘れさせてくれると真由美は思っていた。
「カットをお願いします」
髪にハサミを入れる真由美の姿があった。
雄介が好きだったと言ってくれた髪型。
8年間変えなかった髪型。
その髪型にさよならすることで、彼女は過去の想い出にけじめを付けようとしていた。
少し早い夏の風に、真由美の髪が光を浴びて輝いていた。
その頃、ある空港に一人の男が降り立っていた。
マーキュリー大学 時間学部助教授・・・
相馬雄介
相馬の当然の帰国。
真由美はその事を知る由もなかった。
DATEDIF関数とは、開始日と終了日の期間を、年、月、日の指定した単位で表示する関数です。
業務では、物品の使用期間を計算する際などに便利で、よく使われる関数です。